木ノ下歌舞伎×杉原邦生さんのタッグによる、5時間に及ぶ一大エンターテインメント作品、東京芸術劇場Presents 木ノ下歌舞伎『三人吉三廓初買』が、2024年9月15日(日)より、東京芸術劇場プレイハウスで上演されます。2014年に初演された本作は、現行の大歌舞伎では上演されることのない「廓話(くるわばなし)」の物語や、160年ぶりの上演となった「地獄の場」を完全復活させ、大きな話題となった作品です。物語は、和尚、お坊、お嬢という“三人の吉三郎”の物語と、商人と花魁の恋をめぐる廓の物語がダイナミックに交錯して描かれます。花魁・一重に恋をする文里の女房・おしづを演じる緒川たまきさんに本作の見どころや役柄について、さらにはファッションのこだわりを語っていただきました!!

 

―2020年に3回目の上演を予定していた本作ですが、新型コロナウイルスの影響で公演中止に。4年の時を経て、待望の上演が決まりました。まずは、今回のご出演が決まった時のお気持ちをお聞かせください。
私は2020年の時にお声がけをいただいたのですが、木ノ下歌舞伎にとって大事な作品にお声がけをしていただき、とても嬉しかったです。また、おしづというこの群像劇の中ではもっとも真っ当な振る舞いをする役をいただき、身が引き締まる思いでした。(木ノ下歌舞伎を主宰する)木ノ下(裕一)さんは江戸時代の芸能について、とても詳しい方でいらっしゃいます。その木ノ下さんと杉原さんがタッグを組んで、古典を生業としていない俳優に託して上演するという試みにとてもワクワクしていました。全くの不勉強で、分からないことは多いですが、私は古典に触れている時間が大好きなんです。とはいえ、演じるとなるとまた別物。古典芸能は、我々、現代劇の人間が触れられないものというイメージがありましたので、今回、叶わぬ恋を叶えてもらったように感じております。

 

―2020年の時は、お稽古途中で中止が決定したそうですね。
リモートでの稽古を少しだけですが、やらせていただきました。木ノ下さんから、この作品が上演された当時の世相や時代背景といったレクチャーを受けて、江戸の市井の人々が何を欲していたのか、その時代に何があったのか、(本作の作者である河竹)黙阿弥が目論んでいたことを探る解説を聞きました。また、実際に役者がセリフを発声し、ひとりで文字を追うこととの違いに喜びを味わい、とても充実した時間を過ごさせていただきました。すでに中止が決定していましたので、切なかったですけれど。今回、4年越しの上演で、改めて同じ役で参加させていただけることに感激しています。

 

―古典の作品を現代劇の役者さんが上演することに対する楽しみは、どんなところにあると感じていますか?
古典は、もとを辿れば庶民の楽しみだったものですが、私も含めて、今は特別な人たちだけの楽しみだと思い込んでいるかもしれません。不要な垣根は取り払い、古典の醍醐味を楽しみながら、自由に演じてもいいのではないかという心意気を(木ノ下歌舞伎から)いただきました。そして、観てくださるお客さまも、古典ファンのみならず、気楽に楽しんで観ていただける、洒落たプレゼントになっていると思います。

 

―先ほど、緒川さんが演じられるおしづについて「もっとも真っ当な振る舞いをする」とおっしゃっていましたが、今の段階では、どのように演じたいと考えていますか?
この戯曲の構造的には、「因果に呑みこまれ、次の因果を生み出す人たちがいる。その因果の渦の側で『なんとかして差し上げますから、もうそんな辛そうになさらないで』と伝える」役目だと思います。そうした役目を考えた時、おしづ個人の辛い現実に囚われ過ぎると、おしずの存在意義が濁るように感じます。自分の連れ合いが廓通いをして、その果てに「純愛だ」と言って涙に暮れている。相手の女性もどうやら同情に値するような人らしい。妻としては本当に腹が立ちますよね。でも、そうした怒りは、劇中でおしづの弟が担ってくださいます。(眞島秀和さんが演じる)夫の文里さんと、さっさと縁を切って、自分の子どもを連れて里帰りしてしまえばいいじゃないかと当然思うでしょうが、そうした批評はお客さまにお任せして、私自身は、おしづが選択した行動のひとつひとつの決意の強さに目を向けてあげないといけないと思っています。

 

 

―なるほど。怒りから離れた場所で役と向き合うんですね。
はい。文里さんが段々と一重さんに本気になって、しかも子どもまでもうけたとなった時、遊女という象徴性をもった存在が一人の生身の女性というように見え方が変わってきた。その時に、おしづは、激しい嫉妬を抱くよりも彼女に感情移入をしてしまったのだと思います。「自分がその女性だったら」、あるいは「自分が今、新しい命を授かったら」と。その相手の女性と新しい命をなんとかできるのは自分しかいないと思考したのだと思います。一重さんが病弱だということ。それから遊女の身であること。そして文里さんが、誰かに恋をすることはできても、誰かを背負うことができるだけの度量は残念ながらないということ。そうしたことをおしづはよく分かっている。だから、率先して動くのはおしづしかいない。そういう発想と決意をした女性だと考えています。この作品に挑むにあたって、初めて知ったのですが、黙阿弥がこの戯曲のベースにした物語がいくつかあって、それらは当時、江戸の人たちに人気だった悲恋ものや心中もの、人情ものなどの作品だそうです。夫の不手際をなんとか不幸に着地しないように立ち回る賢い妻も、そうした作品に登場する人物で、この戯曲では、おしづがその役目を担います。元のお話を知らずとも、その役目はお客様に濁らずに伝えられたらと思っています。おしづ自身が悲劇の人になることなく、夫や遊女の悲劇を和らげる役目なんだと、くれぐれも気をつけて演じたいと思います。登場人物それぞれの着地はどこか哀れを誘う。そして幸せになってねって思わせる。そういった味わいが届けられるよう、わたしも努めたいと思います。

 

―ありがとうございました!! 最後に、改めて本作への意気込みと読者の方にメッセージをお願いします。
この作品は、約160年前、黙阿弥が江戸の人たちに向けて描いたエンターテインメントでした。実際に戯曲を読んでいくと、驚くほどいろいろな人物が右往左往して、しかも軽やかです。親の因果が子に報いていくというダークな話や、お金や生死を巡るいざこざが繰り返されるお話ではありますが、軸となっているのは「楽しむ」ということですので、エンタメとして受け取っていただけるのではないかと思います。「江戸の人たちはどんな演目を楽しんでいたのだろう?」と楽な気持ちで観に来ていただけたらと思います。そして、古典ファンの方には、「三人吉三」はお馴染みの演目だと思いますが、「廓初買」は長らくこの木ノ下歌舞伎でしか上演されていません。ぜひ古典ファンの方にも観ていただけたら嬉しいです。


▶︎緒川たまきさんのファッション事情◀︎
―今日のお衣裳のポイントを教えてください。
季節もあるのでしょうが、くすみのあるパステルカラーに心を惹かれるので、今日はライム色を選びました。柔らかいくすみのあるパステルカラーは、ともするとナチュラルになりすぎたりもするので、ちょっとしたエッジや、ピリリとしたところをどう出せるかを課題にしています。

―ファッションのこだわりを教えてください。
以前は、先ず素敵なものを手に入れて、それをなんとか自分流に着こなしていこうとするのがファッションの面白さだと思っていましたが、今ではそれは勘違いだったかもと思うようになりました。いくら素敵だなと思っても、「本当に自分に似合っているのか」と問いかけがないと、その素敵なアイテムを本当には生かせないし楽しくないと気が付いたのかもしれません。例えば、素敵な服を見つけても「誰々さんに似合うな」って思った服は、自分は買っちゃダメだと自重するようにしています。真っ先に別の誰かが思い浮かぶような時は、自分が似合う服とはきっと
違う。本当に自分に「似合っているかしら?」を基準にすると、おしゃれがより楽しめるようになりました。

 

【profile】
緒川たまき/Tamaki Ogawa
映画「PU」でデビュー。
90年代より俳優として活動し、映像、舞台作品に出演。2020年に演劇ユニット「ケムリ研究室」を立ち上げ制作も手がける。『砂の女』で紀伊國屋演劇賞個人賞、読売演劇大賞最優秀女優賞。

12月には「桜の園」への出演が控えている。

photo:Hirofumi Miyata/interview&text:Maki Shimada


【公演概要】
■タイトル
東京藝術祭 2024 芸劇オータムセレクション
東京芸術劇場 Presents 木ノ下歌舞伎『三人吉三廓初買』
■日程・会場
東京公演:2024年9月15日(日)〜29日(日) 東京芸術劇場 プレイハウス
長野公演:2024年10月5日(土)・6日(日) まつもと市民芸術館 主ホール
三重公演:2024年10月13日(日) 三重県文化会館 中ホール
兵庫公演:2024年10月19日(土)・20日(日) 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
■作 河竹黙阿弥
■監修・補綴 木ノ下裕一
■演出 杉原邦生(KUN10)
■出演
田中俊介、須賀健太、坂口涼太郎/藤野涼子、小日向星一、深沢萌華
川平慈英/緒川たまき、眞島秀和ほか
■公式ホームページ
https://kinoshita-kabuki.org/

(2024,09,15)

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