世田谷パブリックシアターの芸術監督を務める白井晃さんの演出による『セツアンの善人』が2024年10月16日(水)から上演されます。本作は、第二次世界大戦中、ナチスにより市民権を剥奪されたドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒトが亡命先で執筆し、1943年にスイスのチューリッヒで初演された作品です。神様が地上に降りてきて善人を探すという物語は、ブレヒト作品を代表する寓意劇として、今も多くの人々に愛されています。本作で貧民窟に暮らす心優しき娼婦のシェン・テと、冷酷にビジネスに徹する架空の従兄シュイ・タの二役を演じるのは、葵わかなさんです。白井さんと葵さんに、初タッグとなる本作への思いや役柄についてなどを聞きました!!
―今回、ブレヒト作品を上演することへの想いを白井さんからお聞かせください!!
白井さん「ブレヒト作品は、世田谷パブリックシアターのシアター開館10周年の時に『三文オペラ』を演出したのが初めてでした。以降、これまでに4作品に携わりましたが、『三文オペラ』を手がける以前は、あまり作品が今の時代に合っているとは思わなかったんです。ですが、2000年代に入ってから、日本の社会や世界の情勢を見る中で、20世紀の初頭から中盤にかけて活躍したブレヒトが書こうとしていたことが、今の世の中と相似性をなしているように感じるようになりました。また、ブレヒトが観客に語りかける物語や観客とのコンタクトの取り方、相互関係が、今、とても有効で必要な表現になってきていると思いました。特にコロナ禍では劇場が危機に瀕したこともあり、観客の皆さんと表現者が劇場という同じ場所にいて、その相互関係によって生まれるものが、劇場がこれから存在していく上で大きなポイントではないかなとも思っています。ブレヒトの手法をもう1回見直し、今の我々なりにどういうやり方ができるのかを試したいという思いもありました」
―今回は、ブレヒト作品の中でも、代表作と言われる『セツアンの善人』を、満を持して上演します。
白井さん「本当は代表作と言われるものにはあまり手を出したくなかったんですよ(笑)。挑戦したいんだけれども、自分の中で『ここだ』というポイントがないと手がけられないと思っていました。ただ、この1、2年の世の中の動向を見る中で、今だなと非常に感じました。景気は上向いていると言われるけれどそれを感じることはできず、みんなが幸せだと両手を広げて言えるような状況ではないからこそ、『何が本当に幸せなのか。お金は本当に人を幸せにしてくれるのか』という非常にシンプルな問いかけが胸に刺さりました。今なら、自分がのめり込んで作れるかもしれないと。古典をただ紹介するのではなく、今の問題として提示できるのではないかと考えたのがこの作品を上演する1番のきっかけになりました」
―葵さんは最初に原作や脚本をご覧になって、この作品にどのような印象がありましたか?
葵さん「海外の昔の作品ということで、独特な雰囲気と難しさがあるのかなと思って原作を読み始めましたが、白井さんがおっしゃったように現代社会に通じるものがありました。私が演じるシェン・テのお人好し加減もそうです。この物語の中には『善人』という言葉がたくさん出てきますが、シェン・テが本当に善人なのかと言われると、見る人によっても違うのではないかと思いましたし、シュイ・タが一概に悪とも言えない。シェン・テは2つの人格を作ることで乗り切ろうとしていきますが、きっと私たちも自分を知らない場所なら言えることがあったり、相反する気持ちを抱えていることもあるので、共感できるところもあり、現実に投影する場面も多いのかなと感じました」
―葵さんが演じるシェン・テとシュイ・タという2役については、それぞれどのような印象がありますか?
葵さん「伊勢神宮にある、天照大神の荒ぶる魂だけを納めた荒祭宮を思い起こしました。人の中に存在している良い部分と、荒ぶる魂とが別々の場所に納められているというのは不思議にも思えますが、それは一緒にすると壊れてしまうからなのかもしれません。シェン・テも自分の中に抱えているものとうまく折り合いがつかないから、毒とも思える部分をシュイ・タとして具現化するのかなと思いました」
―今回、白井さんと葵さんは初タッグです。白井さんから見た、葵さんの俳優としての魅力を教えてください。
白井さん「とても素直な、真っ直ぐな演技をされる方だと思います。非常に聡明でいらっしゃるのだろうなという印象を持っていました。そして、演劇や演技という作業に対して、とても真摯に向き合ってらっしゃる方という印象があります。今回のブレヒトのような作品の場合、作品への理解と熱意がないとなかなか難しいんですよ。簡単にはできない作品ですから。稽古から本番までの2、3カ月、ともに役柄と苦しんでいただかなければいけないので、積極的に自分の課題として楽しみながらやっていただけそうだなという直感がありました」
―なるほど。葵さんは白井さんの演出作品に出演することで楽しみにしていることは?
葵さん「自分が舞台に出演するようになってから、まだそれほど経っていませんが、さまざまな場所で白井さんのお名前を目にしたり耳にしたりしてきました。もちろん演出された作品を観ることもありましたし、俳優の仲間たちがご一緒している姿も見て、舞台界を語る上で欠かせない方という印象を受けていました。作られる作品もとても幅が広く、白井さんがどういう方なのか、どういう世界をお持ちなのかすごく気になっております。今回、白井さんとご一緒することで新しい世界を見るきっかけをいただけるのではないかと思いましたし、自分もそこに参加してみたいという思いがありました。今回、こうした機会に恵まれたのは非常に光栄だと感じています」
―葵さんは映像作品でもご活躍されていますが、舞台や演劇に出演したいという思いは以前からあったのですか?
葵さん「以前は私にとって舞台は観るものであって出演することは考えたことがなかったのですが、『ロミオとジュリエット』のジュリエット役をやってみたいという想いが強くあり、ミュージカルに挑戦しました。当時は、その先まで考えていなかったので、(ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』の)公演が終わる頃に次の舞台のお話があった時、この先もこの世界にいることができるかもしれないという希望を感じ、映像だけに偏らず、舞台にも挑戦していくことが自分に合っているのではないかと思うようになり、興味がどんどん湧いて、今に至ります」
―そうした経緯があったのですね!! ところで、本作は音楽劇として上演されます。音楽という側面から、本作の見どころは?
白井さん「(取材当時)まだ創作過程なので、非常にお伝えしにくいところはありますが。僕は、演劇の中に音楽的な要素を入れた作品が好きで、これまでもさまざまな形で音楽を取り入れた作品を作ってきました。その原点にあるのが、ブレヒトとクルト・ヴァイルやハンス・アイスラーとの関係でした。音楽劇は、物語をバサッと切って歌が始まります。ミュージカルは、歌が始まって終わるまでの間に心情の変化があったり、物語が展開したりしますが、音楽劇にはそれがない。音楽はありますが、それは誰かの感情を強調するためのものです。それが僕にはとても興味深くて、そうした強調の仕方をブレヒトに教えてもらったように思います。なので、今回もそれを意識した演出にしたいと思っています」
―先ほどこの作品のテーマとして、「お金は人を幸せにするのか」というお話もありましたが、お二人は「お金は人を幸せにする」と思いますか?
葵さん「ある程度あった方がいいとは思います。心の余裕を作るためにも。ただ、それが全てではないとも思います」
白井さん「僕は年齢を重ねてきたからかもしれませんが、お金を持っていれば快楽は得られるけれど、必ずしも幸せが得られるとは限らないと思います。お金があれば、旅行に行けたり、美味しいものを食べられたり、広い家に住めたりという快楽は確実に手に入る。ただ、だからといって幸せかというと、そうとも言い切れない」
葵さん「難しいですよね。例えば、お金があれば、親に何かしてあげたいと思った時にしてあげることができるし、自分の未来のことを考えることもでき、世界が広がるとも思いますし」
白井さん「難しいね。この作品も、その間で揺れ動く人間のさまを描いているので、この作品が観客の皆さんに考えていただくきっかけになればと思います」
―ありがとうございました!! 最後に公演に向けての意気込みとメッセージをお願いします。
白井さん「海外の脚本ということで難しいかもと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、現代の私たちにも通ずる問いかけがたくさん詰まっているお話です。キャスト、スタッフの皆さんと精一杯、稽古を行ってまいりますので、ぜひ期待していてほしいなと思います」
葵さん「観客の皆さまがこの作品をご覧いただくことで、今の自分たちの生活や幸せについて一緒に考えていただくきっかけになればと思います」
▶︎葵わかなさん&白井晃さんのファッション事情◀︎
―今日のお衣裳のポイントは?
白井さん「黒です。僕は、ほぼ毎日、黒しか着ていないというくらい黒が多いです。俳優として役を演じるときはどんな服でも着れるんですよ。でも、日常生活では赤のようなはっきりした色の服を着ると、自分は今、間違った場所にいるんじゃないかと自分の存在をこう否定したくなるんです(笑)。なので、居心地が良いように、黒です」
葵さん「私は、今日は白井さんとご一緒したときに合う色にしたいと思い、この衣裳を選びました。私も衣裳では明るい色を着ますが、普段は本当にシンプルな服が多いです。基本、無地。はっきりした色よりも、ベージュとかアースカラー系、ネイビーのようなぼんやりとした色が好きです」
―普段のファッションでのこだわりはありますか?
葵さん「着心地や素材は大事にしています。肌が弱いというのもありますが、色々な服を買っても、結局、着るのは馴染みのいい服が多いので。それから、緑色が好きなので、ファッションのどこかしらに取り入れています。小物やカバン、帽子だったり」
―最近買ったお気に入りのファッションアイテムは?
葵さん「白井さんはこだわっているアイテムはありますか? 例えば、帽子を被ったり?」
白井さん「被らないですね。嫌いではないですが、仕事場では被らないんですよね。たまにお休みの日に散歩をする時にはかぶることもありますが。逆に、僕は小物をなくしがちなので、あまり持っていないんですよ。装飾品や小物自体、あまり持たないようにしていて」
葵さん「ミニマリストって憧れます。お気に入りって難しいですよね。なかなか出会えない。少し前になりますが、Maison Margielaのバレエシューズを買ったのですが、それはすごく気に入っていてよく履いています。茶色と赤の中間のような色が素敵なんです」
―では、疲れたときやストレス溜まったときの癒しを教えてください!!
白井さん「お仕事が終わってからお酒を飲む」
葵さん「私もそうです(笑)。撮影のときは我慢していますが、翌日がお休みの日は、家で飲みます。自分の好きなおつまみを作って。そうしていると疲れが吹き飛びます」
白井さん「あとは、僕は広い空間に行きたくなります。世田谷パブリックシアターからだと二子玉川まで行けば多摩川が見えるので、多摩川の川辺を歩いてみることもあります」
【profile】
葵わかな/Wakana Aoi
1998年6月30日生まれ。神奈川県出身。
2009 年に女優デビュー。以降、舞台、テレビドラマ、映画、CM、ナレーショ ンなど幅広いジャンルで活動。17年には連続テレビ小説『わろてんか』 (NHK)でヒロインに抜擢。近年の主な出演に舞台『パンドラの鐘』(杉原邦生 演出)、『アナスタシア』(ダルコ・トレスニャク演出)、ドラマ『キッチン革命』(テレビ朝日)、『Dr.チョコレート』(日本テレビ)、テ レビドラマ『ブラックペアン シーズン 2』(TBS)ほか。主演を務める『おいち不思議がたり』(NHK BS)に出演中。世田谷パブリックシアター主催 公演へは今回が初登場。
■公式Instagram
https://www.instagram.com/aoiwakana0630/?hl=ja
Dress ¥86,900/ディウカ(ドレスアンレーヴ /お問い合わせ:03-5468-2118)
Shoes ¥130,900/クリスチャン ルブタン(クリスチャン ルブタン ジャパン/お問い合わせ:03-6804-2855)
白井晃/Akira Shirai
1957年5月21日生まれ。京都府出身。
早稲田大学卒業後、1983~2002年、遊⦿機械/全自動シアタ ー主宰。演出家として独立後は、ストレートプレイから音楽劇、ミュージカル、オペラまで幅広く手掛ける。世田谷パブリックシアター開場時より『こわれた玩具』『アナザデイ』『ラ・ヴィータ~愛と死をみつめて~』『ピッチフォーク・ディズニー』『宇宙でいちばん速い時計』などを上演。
世田谷パブリックシアター の企画制作公演では、『偶然の音楽』『三文オペラ』『ガラスの葉』『マー キュリー・ファー Mercury Fur』『レディエント・バーミン Radiant Vermin』『ある馬の物語』ほか多数演出。第9・10回読売演劇大賞優秀演出家賞、05年演出『偶然の音楽』にて湯浅芳子賞 (脚本部門)、12年演出のま つもと市民オペラ『魔笛』にて佐川吉男音楽賞、18 年演出『バリーターク』 (KAAT との共同制作)にて小田島雄志・翻訳戯曲賞などの受賞歴がある。
2014年4月、KAAT 神奈川芸術劇場アーティスティック・スーパーバイザー(芸術参与)に就任、 2016年4月~2021年3月、同劇場の芸術監督を務めた。2022年4月より世田谷パブリックシアタ ー芸術監督。
【公演概要】
■タイトル
セツアンの善人
■日程・会場
東京公演:2024年10月16日(水)~11月4日(月・休) 世田谷パブリックシアター
兵庫公演:2024年11月9日(土)・10日(日) 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
■作 ベルトルト・ブレヒト
■音楽 パウル・デッサウ
■翻訳 酒寄進一
■上演台本・演出 白井晃
■訳詞・音楽監督 国広和毅
■出演
葵わかな 木村達成 渡部豪太 七瀬なつみ あめくみちこ 栗田桃子 粟野史浩 枝元萌 斉藤悠 小柳友 大場みなみ 小日向春平 佐々木春香 小林勝也 松澤一之 小宮孝泰 ラサール石井
■演奏
磯部舞子(Vn. 東京公演) 島津由美(Vc.) 熊谷太輔(Perc.)/加藤優美(Vn. 兵庫公演)
(2024,10,15)
photo:Yuji Watanabe/styling:Junko Okamoto(葵わかなさん)/hair&make-up:masaki(葵わかなさん)、Kei Kokufuda(白井晃さん)/interview&text:Maki Shimada
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下記のリンクのインスタグラムに白井晃さん&葵わかなさんのインタビュー撮影時のアザーカットを公開いたします!!
お見逃しなく!!