俳優・脚本家・演出家として幅広く活動するマキノノゾミさんが文学座に書き下ろし、2007年に初演された『殿様と私』が2025年2月、3月に松本・大阪で上演されます。本作は、名作『王様と私』を下敷きにしたウェルメイド作品で、2008年には第15回読売演劇大賞優秀作品賞を受賞し、高い評価を得ている傑作コメディです。主人公の“頑固な殿様”白河義晃子爵を演じる升 毅さんに公演への意気込みや役作りについて、さらにはファッション事情までたっぷりお話を聞きました!!

 

―最初に出演が決まったときのお気持ちを教えてください。
爆笑でした(笑)。僕でやるんだって。

 

―元々、この戯曲をご存知だったんですか?
観たことはなかったですが、タイトルはもちろん知っていましたし、マキノくんらしいなと思っていました。(オファーを受けて)まず、「『殿様と私』を上演するんだ。それを、僕がやるんだ」という驚きや喜びがありました。

 

―最初に脚本を読まれたときは、どんなところに魅力を感じましたか?
なるほど、と。『王様と私』を置き換えるとこういうことになるんだろうなと感じました。それに、マキノくん流の面白おかしく展開していく場面も心に訴える場面もあって、バランスがすごく良くて、僕自身も観てみたいと思いましたし、演じがいのある、やりがいのある作品だと思いました。

 

―『王様と私』を日本に置き換えるという発想がまず面白いですね。
茶化しながらも、あのスケール感を超えられたらいいなという思いが感じられますよね。「ただのパロディ」と思われたらつまらないので、そういう意味では、非常にハードルが高い作品なのかなと思います。

 

―マキノさんとは元々、交流があるのですか?
以前、一緒に作品を作りました。そのときは、演出がマキノくんで脚本は別の方だったのですが、ずっと(マキノが主宰する)劇団M.O.Pの作品を観ていて、遊びの部分とシリアスな部分がしっかりとあって、かっこよさをすごく意識している人だなという印象です。確かにご本人もかっこいいんですよ、沢田研二さんが大好きだったり、あの時代のかっこいい人たちをずっと見てきて、憧れていた人なので、そうした思いがそのまま作品にも出ているのだと思います。それが僕には面白いですし、魅力でもあります。

 

―マキノさんの演出で印象に残っていることや当時の稽古場の思い出はありますか?
もう15年くらい前なので、具体的なことはあまり覚えていませんが、骨太な演出をする人だという印象はありました。細かいことを言うのではなく、「こういうシーンにしたい」という意思を明確に持っていて、それをみんなで組み立てていく作業をしていたと思います。

 

―今回、マキノさんと再びご一緒することで、どんな楽しみがありますか?
マキノくんの脚本で、また違う演出家の方が演出をされた作品に出演したこともあるんですよ。『浪人街』という舞台なのですが。それはスケールがすごく大きくて、非常にダイナミックな作品でしたが、今回は、マキノくんの脚本で演出なので、より自分の世界観で演出してくれると思うので、マキノくんの世界観に染まっていきたいと思っていますし、そうしたところが楽しみでもあります。

 

―升さんが演じる白河義晃という役柄については、どのように捉えていらっしゃいますか?
最初は、昔はこんな人もいたんだろうなと他人事のように感じていましたが、よくよく考えると自分にも当てはまるところがあるなと思うようになりました。僕は昭和30年に生まれて生きてきました。当時から今まで大きくは変わっていないかもしれないけれども、いろいろなことが少しずつ変わってきて、最初はきちんと乗っかっていても段々とズレが出てきて。結局、今の時代から見ると随分と遅れている自分がいることに気づきました。そう考えると、なるほどと思う部分も大きいので、あまり作らずとも演じられそうな気はしています。ついていけていないかもしれないけれども、ついていきたいという気持ちは僕にもありますし、そうした自分の中でのジレンマや如何ともし難い思いは、義晃にもあったんだろうと思います。

 

―理解しやすい役柄でもあるということですね。共演者の皆さんの印象はいかがですか?
皆さん、初めましてなんですよ。水夏希さんは以前、舞台を観劇させていただいたことがあり、背の高い方だなという印象がありましたので、役柄にもぴったりだと思います。全く違う文化の象徴ともなる役柄なので、素敵な存在になるのだろうという気がしています。

 

―初めての方が多い現場というのも新鮮ですね。
そうですね。全員が初めてというのは、これまでなかったかもしれません。大抵は、何らかで関わった方がいるものですが、今回は全く知っている方がいないので。楽しみでもありますが、内弁慶なので馴染めるかどうか(苦笑)。

 

―交流を深めるために、現場で意識してされていることはありますか?
劇団を主宰していて、メンバーをまとめるのが仕事でしたから、そういう意味では、今回も一応、座長っぽいポジションとしてきちんとやりたいと思っています。とはいっても、飲み会を開催するだけですが(笑)。早い段階で仲が深まるような時間が作れればいいなと思っています。

 

―本作は、まつもと市民芸術館のプロデュース作品になりますが、松本、ひいては長野の印象や思い出はありますか?
色々ありますね。松本では、宝塚歌劇団の地方公演を拝見したこともあります。仲間の宝塚ジェンヌがでていたので、それを観に行って、駅を出て1階にあるお蕎麦屋さんで、一杯引っ掛けた思い出があります(笑)。それから、コロナ前には、若手の男の子と松本に行って、同じ蕎麦屋さんで食べて、松本城を見て観光して、夜は地元の方に「おいしいお店ありますか?」と聞いてそこに食べに行って、素泊まりできるリーズナブルな旅館に泊まるという旅をしたことがあります。それもまた思い出深いですね。蓼科には、僕の仲間のギタリストとシンガーの夫婦も住んでいるんですよ。農業をしながら音楽をやっています。よくそこにも遊びに行って、今年の秋も稲刈りをさせてもらったり…そんな交流もあるので、長野県は身近な存在です。これまでは遊びに行くことばかりだったので、そうした場所で皆さんに観ていただけるというのは、すごく楽しみです。しかも、こうした一都市で作る芝居というのは、僕は初めて参加するので、どういった感じになるのか、どういう方が観にきてくださるんだろうと楽しみがたくさんあります。

 

―今回、松本でのお稽古もあるんですよね。
東京で半分、松本で半分です。なので、松本でじっくり飲もうと思います(笑)。美味しいものもたくさんありますし、マキノくんも飲むのが好きなので(笑)。

 

―お稽古も楽しみですね!! ところで、舞台に映画にと大活躍の升さんですが、升さんにとって、演じる楽しさ、面白さ、難しさはどんなところにあるのですか?
これは年代によって全然違うんですよ。始めたばかりの20歳の頃は、やっている気になっていたけれども、何もできていない状態がずっと続いていて、「どうすればいいんだろう」とずっと悩みながらやっていたので、楽しいというところまでいっていなかった気がします。30代になって、自分でいろいろなことを考えて表現したことがお客さんに認められるようになってきて、だんだん楽しくなってきて。40代に入って、それまでやってきた20年が無駄じゃなかった、きちんと自分の土台になっているということが分かったときに自信に繋がって、どんどんやれることが広がっていって、楽しくなっていったように思います。その後、60代になったときに、今度はこれまでやってきたことを全否定されて、全く違うやり方を提示されて、やってみたらそれがすごく腑に落ちて、しっくりきたので、60代以降は逆に自分のままでいいいと思うようになりました。ドラマの中の世界にポンっと入って、その中で生きていればいい。自分で力を合わせて表現しようとか、かっこよく見せようという欲が全くなくなって、自然体でいられるようになった。その心地よさを今は感じているので、ここから先、またどんな自分の年齢にあったお芝居がこれから表現できるか、すごく楽しみなところでもあります。

 

―60代のときに起きた、全否定からの新たな道というのは、どういったきっかけがあったんですか?
映画『半落ち』などを撮っている佐々部清監督の作品に2014年にオファーされまして。ある田舎の工場を営む家族のもとに上京してた息子が戻ってくる、そのお父さん役ででした。そのとき、佐々部監督とは初めてでしたし、巨匠でしたから、すごい方の作品に出られるとワクワクして現場に行ったんですよ。まず、家族4人のシーンのリハーサルをしたいと監督がおっしゃって、小さい部屋に4人が集まって、本読みしましょうと。日常的な家族の世界観を描いていた作品なので、僕は僕なりに、距離感を縮めて、声を張るでもなく、普段の生活のようなトーンで(セリフを)話したんです。そのとき、監督は娘役、息子役の人たちには「今のそんな感じでいい」とおっしゃっていたんですが、僕には、彼らの芝居は物足りなくて。ボソボソ話しているだけで、感情が入っているように思えないし、何を言っているのかも分からない。この監督はなんだろうと思っていたのですが、それに加えて「升さんはやりすぎです」と指摘されて。僕自身は、全くやりすぎていないつもりだったんですよね。でも、佐々部監督がそういうならと、彼らみたいにボソボソと感情を込めないように話したら、「それでいいです」とおっしゃられて、それで今までやってきたことが全て否定されたような気持ちになりました。でも、この人がそういうなら、やってやろうという気持ちになって、それまでしていた白髪染めをやめ、髪を短く切り、“工場のおっさん”のような日常的な日焼けをしてと、見た目のイメージも作り上げて撮影現場に行きました。そこまで変えていたのに、現場に入ったらちょうど打ち合わせをしている監督がいらっしゃったので、挨拶したのですが軽く流されて(苦笑)。その後に、自分のシーンの撮影場所で待っていたら、監督に「升さんだったんですか」と驚かれたんですよ。(挨拶をしたときは)地元のおじさんが見学に来たと思っていたようで、それほど馴染んでいたと。結局、その撮影は、監督のおっしゃるように、とにかく「日常、日常、日常。やりすぎない。やりすぎない」と考えながら演じて、自分的にはりやりきっていない感があるまま終わったのですが、試写会で完成した映画を観たときに、監督のおっしゃっていたことはこういうことだったっていうのが分かりました。改めて、すごい監督だなと思いましたし、「佐々部イズム」を僕の中の軸にして演じていこうと決めた瞬間でした。監督は、「自分が言ったことは全てクリアしてくれた。そんな俳優さんは今までいなかった」とおっしゃってくださって。それからずっと一緒に作品を作ってきました。それ以降も監督のおっしゃっている 「やりすぎない」を意識することがずっと続いて、今日まで来ています。僕にとって、それは大きな転機でした。監督は、僕が「俺を見てくれ!」というタイプの俳優だということも知っていたみたいですね(笑)。その上でのオファーで、演出だったのだと思います。それがちょうど60のタイミングでした。

 

―素敵なお話、ありがとうございました!! 最後に、公演に向けての意気込みと読者にメッセージをお願いします。
大好きなマキノノゾミくんの作、演出で上演できることと、初めましての皆さんと一緒に1つの作品を作ることが非常に楽しみです。しかも今回は、松本からスタートするというまた普段とは違う楽しみがありますので、この楽しみがきちんとお客さまに伝わるように、これからお稽古を重ねていきたいと思っています。ぜひ足を運んでいただければと思います。


▶︎升 毅さんのファッション事情◀︎
―今日のお衣裳のポイントは?
自前なのですが、ちょっと体裁を整えないといけないなと(笑)。普段は、もっとヒラヒラしているものを着ているのですが、きちんとしようと思って黒でまとめました。このカーディガンがポイントですね。「チャイハネ」が好きで、いつもそこで買っているんですが、僕の中では“きちんとしたチャイハネ”ファッションです。

 

―そうすると普段は、もっとラフでカジュアルなファッションが多いんですか?
そうですね。ほぼチャイハネで買っていますので、真面目な場に行くような服がなくて。役でスーツやスリーピースを着ることが多いので、普段はそういうものはあまり着ないですね。

 

―昔からチャイハネさんのお洋服を着ていらっしゃるんですか?
7、8年くらい前からかな。

 

―それはどういったきっかけで?
最初は、ひょっこりとお店に入って、楽しそうなお店だなと。あとは、玉城裕規くんという俳優の子と、5、6年前に舞台を一緒にやったときに、彼の普段のファッションがすごく可愛かったんですよ。スカートのようなパンツを履いていて、それがすごくチャーミングで彼にマッチしていて、どこかでそれに憧れた部分はなくはないですね。「たまちゃん(玉城)みたいな格好がしたい」と。それで、たまたまチャイハに入ったときに、それっぽいなと思ったのも理由の一つです。たまちゃんがチャイハネを着ているのかは分からないですし、きっともっと高級なものを着ているのだろうと思いますが、そこからヒントをもらっています。御殿場のアウトレットの近くにかなり大きい店舗があるんですよ。そこに年に3、4回、季節ごとに行ってごっそり買っています。

 

―今日も素敵なアクセサリーをつけていらっしゃいますが、アクセサリーもお好きなんですか?
好きですね。するときとしないときがありますが。今日しているものは、バリのお土産でいただいたものなんですよ。なので、結局、そうしたテイストのものが好きなんだと思います。

 

―最近買ったお気に入りのアイテムは?
最近はあまり買っていないですね、断捨離をしているので。この間、誕生日だったのですが、毎年、大きな誕生会を行っていて、今年は家にあるものを処分したいと思って、お誕生日祝いに家に来て、好きなものを持って帰ってくれと。6日間で50人くらい来てくれて、いろいろなものを持って帰ってもらいました。なので、新しいものが増えていないんです。ファッションに関係ないものだったら、車かな。車を変えました。

 

―車!! 車には何かこだわりがありますか?
これまで乗っていた車にすごくこだわりがあって、一生乗り続けようと思っていたんです。僕の盟友が亡くなって、それで乗っていた車を譲り受けて、12年くらい乗っていたのですが、なかなか手のかかる車で。ちょうど譲り受けてくれる方がいたので、その方に譲り、今の自分の身の丈にあった車にしようと買い替えました。車自体は大好きなんですが、これも一つの断捨離かもしれません。

 

―最近のマイブームや、お休みの日にされていることは?
料理かな。休みの日に家にいるとお腹がすくので、何か作ろかなと、すぐに発想がそっちにいってしまうんですよ(笑)。買い物に行って、作って食べて、飲んで…ということが多いですね。

 

―外で食べるよりも、ご自身で作る方がお好きですか?
1人だとほぼ外食はしないですね。食べたいものがあまりないので。仲間とはもちろん外で食べますよ。でも、1人でお腹すいたときは大体、家で作ります。それから、ゴルフをやっています。一昨年くらいからちゃんとやってみようと思って、ちょこちょこと練習をし始めているところです。

 

―では、升さんが素敵でい続けるために、かっこよくいるための秘訣は?
それは「素敵でかっこいい」を前提に話すわけですね(笑)。小っ恥ずかしいですね(笑)。なんですかね…きっと、役者たちもそうですし、野球チームもそうですが、若い人と付き合っていることだと思います。僕の年代だと皆さん、結婚して、ご夫婦で一緒に住んでいたり、家族と住んでいたりされているので、仕事が終わったらそこに帰るというサイクルだと思いますが、僕は全く違うので。一人で東京に出てきて30年くらいですが、その自由さがあるから若手たちとも付き合える。その結果、いろいろな影響を受けているのかなと思います。それで今があるのかもしれません。なので、表現としては「若い子のエキスを吸ってる」(笑)。

 

―刺激を受けますよね、やっぱり。
そうですね。役者だったら、その子たちの芝居を観に行ったりもしますし、そこで受ける刺激もありますね。もちろん、観に行って僕にとって面白くないものもありますが、でも、彼らはなぜこれをやっているんだろうと考えさせられるので、そうした機会は貴重です。そこから受ける刺激で今の自分が成り立っているのだろうと思います。僕は、負けず嫌いなんですよ(笑)。なので、若い俳優に体力的には負けていても、それ以外では負けたくないと常に思っているので、そういうことも影響しているのかなという気がします。

 

【profile】
升毅/Takeshi Masu
1955年12月9日生まれ。東京都出身。O型。
1976 年『ロンググットバイ』で初舞台。大阪を中心に舞台役者として活躍。
1985年に売名行為を結成、1991 年に劇団 MOTHER を旗揚げし、2003 年の解散まで座⻑を務めた。以降も数多くのドラマ、舞台、映画で活躍している。近年では、舞台『画狂人 北斎』、『SLEUTH/スルース』にて主演を務め、NHK 連続テレビ小説『ブギウギ』、主演ドラマ『旧車探して、地元めし』などに出演。主演映画『美晴に傘を』が1/24より全国公開中。

■公式Instagram
https://www.instagram.com/takeshi.masu

■公式X
https://x.com/MASTER1955129KC

photo:Hirofumi Miyata/interview&text:Maki Shimada


【公演概要】

■タイトル
まつもと市民芸術館プロデュース『殿様と私』
■日程・会場
松本公演:2025年2月13日(木)~16日(日) まつもと市民芸術館 小ホール
大阪公演:2025年2月28日(金)~3月2日(日) 近鉄アート館
■作・演出 マキノノゾミ
■出演
升毅、水夏希、久保田秀敏、平体まひろ、武居卓、喜多アレクサンダー、水野あや、松村武

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(2025,02,07)

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